教室の、とある席を見つめて私は軽くため息を吐いた。
どうして、私はあの人を好きになったんだろう。
その理由は、限りなく出てくる。
例えば、真面目な所とか。例えば、落ち着いている所とか。例えば、優しい所とか。
頭だって良いし、スポーツもできるし、見た目もカッコイイ。
そう、あの人は一般的に見ても、魅力的な人だ。だから、私が好きになってしまうのも仕方がない。
だけど、それに比べて私は、至って平均的な人間だ。・・・いや、下回ってることだってある。そんな私が彼に惹かれるのは至極当然だと言われれば、その通りかもしれない。でも、私が想うには、あまりに遠い存在で。好きでいるのが辛くなる。
どうして、この人じゃなきゃ駄目なんだろう。どうして、他の人を好きにならなかったんだろう。失礼な考えではあるけれど、その方が少しはマシだったかもしれないのに。選りに選って、人気者のテニス部員の1人――日吉くんを好きになるなんて・・・。
そうやって、自分に自信が無いくせに、無駄に嫉妬心は出てくる自分が憎らしい。
どうして、その子とは喋るの?どうして、私とはそんなに喋ってくれないの?
その答えは簡単。私に話しかける勇気が無いからだ。
本当に日吉くんは優しい人だから、私なんかが話しかけても、きっと答えてくれるだろう。そんなに気負うことはないはず。
でも、その優しい日吉くんが答えてくれなかったら・・・?それは、私のことが嫌いだということがわかってしまうわけで。
そこまで考えて、結局私が踏み出せないだけ。
それもわかっている。なのに、日吉くんまで憎みそうになる。こんなんじゃ、余計に日吉くんに嫌われちゃう。
そう考えてしまう辺り、私はまだ日吉くんを諦めてはいないらしい。その傲慢さにも嫌気がさす。
誰かを好きになることで、こんなに苦しい思いをして、こんなに自分を貶して、・・・。
こんなことなら、好きにならなければ良かったのに、と思う。
「・・・?」
それなのに、声だけで日吉くんだとわかってしまう私は。ただ名前を呼ばれただけなのに、喜びを隠せないでいる私は。確実に日吉くんのことが好きで・・・。
「ひ、日吉くん?!・・・どうしたの?部活は・・・?」
「さっき終わった。」
「何か、忘れ物でも・・・?」
「・・・まぁ、そんなところだ。それより。は、何してたんだ?」
「え?!わ、私は・・・。学校で、宿題をやって帰ろうかなぁーと。」
それも嘘じゃなく、私の机には筆記用具やら教科書やらが置かれている。・・・でも、それは単なる口実。本当は、日吉くんが残っている学校に、少しでも居たいと思って、私は教室で宿題をするフリをしていただけだ。
私は、こんなにも日吉くんが好きなの。こうやって会話するだけでも、胸が張り裂けそう。・・・だから、お願い。少しずつこっちに近寄らないで。
「その割に、目が赤い。・・・どうせ、寝てたんじゃないのか?」
「ち、違うよ!」
少し顔を覗き込むようにした日吉くんを目前にして、私の顔は目以上に赤くなっているだろう。
・・・目が赤いのは寝たからじゃない。日吉くんのことを考えていたら、少し涙が出ただけだ。自分でも泣いたという意識は無く、ちょっと目に涙が浮かんだぐらい。それだけ。本当に、それだけだから、もう構わないで・・・。
「まぁ、いい。も、そろそろ帰るんだろう?」
「そ、そうだね・・・。」
「なら、待っててやるから。支度しろ。」
「へ・・・?」
「こんな時間に女を1人で帰らすほど、俺も馬鹿じゃない。」
「・・・いいの?」
「悪ければ誘わない。だから、さっさとしろよ?」
私は頷き、急いで勉強道具を片付けた。・・・さっきまで、放っておいてほしいと思っていたくせに、一緒に帰れるとわかれば、この始末。なんて、私って現金なんだろう。
でも、本当に、一緒に帰れるなんて、夢みたいだ。・・・また好きさが増してしまいそう。そうなれば、私の緊張も増してしまうわけで・・・。
せっかく、一緒に帰れるのに、何を話せばいいのかわからない。
「。もしかして、1人で帰りたかったか?」
「ううん!そんなことはないよ!!私1人で帰ることが危ないとは思わないけど、日吉くんには感謝してるよ!」
「・・・そうか。」
あぁ、絶対日吉くんに誤解されてる・・・!!そんなことないって証明するためには、やっぱり話題を探さないと・・・!!
「そういえば!日吉くん、さっき忘れ物って言ってたけど・・・。何の忘れ物だったの?」
「・・・見てなかったのか?」
「ご、ごめん・・・。」
そうだよね。見てたらわかることだよね。それなのに、私ってば・・・。
・・・・・・ん??でも、日吉くん、何か取りに行ってたっけ?教室で日吉くんに会ったとき、日吉くんのことは直視できずにいたけど、日吉くんの席なら見てた。でも、そっちの方に行ったのを見た覚えが無いような・・・。
あ!私が帰る準備をしてるときに、取りに行ったのかな?・・・・・・いや、嬉しいことに、日吉くんは私の横で待ってくれていたし・・・。
「あの・・・。間違ってたら、悪いんだけど・・・。私、日吉くんは何も取りに行ってないように思うんだけど・・・。」
「・・・あぁ、その通りだ。」
「でも、忘れ物って言ってなかったっけ?」
「忘れ物とは言ってないが、そんなところだとは言ったな。」
「あぁ、そっか。それなのに、勝手に忘れ物だと決め付けて・・・、ごめんね?」
日吉くんが、少しため息を吐いたような気がした。・・・・・・また黙りそうになっちゃうよ。
だけど、せっかく日吉くんと帰れるんだから、本当はちゃんとお話したい。
・・・この話には触れない方が良かったのかもしれないけれど、私にはそれ以外浮かばなくて、結局その話の続きをした。とにかく、私は日吉くんと帰れることが本当は嬉しいんだってことを少しでもわかってほしかった。
「えぇ〜っと・・・。じゃあ、忘れ物じゃなくて、何だったの?・・・・・・って、別に言いたくなければいいんだけど・・・!」
「・・・。その前に、1つ聞いてもいいか?」
「へ?・・・う、うん。どうぞ?」
「が答えてくれたら、俺も言うから。まずは俺から聞かせてくれ。・・・・・・・・・は、俺のことが嫌いなのか・・・?」
・・・ほら、すごい誤解。そんなわけないよ。
ただ、突然そんな質問をされると思っていなかった私は、すぐに返答できずにいた。すると、日吉くんがばつの悪そうな表情をして続けた。
「・・・って、嫌いだとしても、直接本人に言えるわけねぇよな。悪い。今のは無かったことにしてくれ。」
「ううん!!全然!!日吉くんのこと、嫌いなわけないよ!!こうやって、一緒にも帰ってくれてるし・・・。」
「いいんだ、。それが本当だとしても、嘘だとしても、俺は言うべきなんだ。」
「・・・??よ、よくはわからないけど・・・。でも、日吉くんのことが嫌いじゃないっていうのは、本当だよ?!嘘じゃないって誓う!!」
「ありがとう。」
日吉くんが少し情けなさそうに笑った。・・・日吉くんにそんな顔をさせたくないのに。どうしたら、日吉くんを少しでも喜ばすことができるんだろう。そう思うけど、私には、その方法がわからなくて・・・。ただ黙って、日吉くんの話を聞くことになってしまった。
「俺は、さっきも言ったように、忘れ物があったわけじゃないんだ。ただ・・・。教室の電気がまだ点いてたから・・・誰かが教室に残ってるのかと思って、見に来たんだ。それで・・・。それは、もしかして、じゃないかと思って、な。そしたら、案の定、が教室に居たから、・・・まぁ忘れ物みたいなところかと思ったんだ。」
「・・・?」
私の理解力が無い所為かな?正直、日吉くんの言おうとしていることが、あまりわからなかった。
・・・どうして、私だと思ったの?それが、どうして忘れ物みたいだと思ったの?そんな風に疑問に思うところも多く・・・。結局、私はまた黙ってしまった。
すると、日吉くんが今度は困ったような表情をした。・・・本当、ごめんなさい。
「悪い・・・。上手く言えねぇな・・・。要は、のことが・・・好きなだけなんだ。」
「・・・・・・・・・。」
「だから、教室の電気が点いているのを見たとき、がいればいいと思った。だから、俺はを探しに来たようなもんだったから、忘れ物みたいなものだと答えたんだ。」
・・・それじゃ、忘れ物じゃなくて、探し物になるんじゃない?
未だに、日吉くんの言っていることは少し可笑しい気がする。でも、それは・・・私と一緒なんだと思う。好きだからこそ、上手く言えないときがあって。それが相手に誤解を招いていて。そして、その相手も好きだからこそ誤解をするんだと思う。
「・・・でも、こんなことを言うつもりは無かったんだけどな・・・・・・。」
私はそんなことを考えながら、まだ気まずそうにしている日吉くんを見て、思わず笑ってしまった。日吉くんは、突然笑い出した私に、少し驚いているようだった。これも早く説明しないと、日吉くんのことを笑ったって、また誤解されそうだ。
本当のことを言うのは恥ずかしいけれど、相手に誤解されて、嫌な思いをさせたくないし、私もしたくない。だから、日吉くんも、こうして自分の気持ちを言ってくれたんだろう。だったら、私も・・・・・・。
「・・・ごめんね。日吉くんのことを笑ったわけじゃないの。日吉くんの様子がいつもと違うなぁと思ったんだけど、それは私の前だからかな、って考えると、私も日吉くんも一緒なんだと思って。」
日吉くんは、まだよくわからないって顔をしていた。・・・やっぱり、私も上手く言えないや。
「要は、私も日吉くんのことが好き。だから、日吉くんの前で上手く話せなくて。それで、嫌われてるんじゃないかって日吉くんにも誤解されて・・・。でも、本当は大好きなの。」
本当、単純だけど・・・。私、日吉くんのことが好きで良かった。さっきまで、あんなに悩んでたのに、ね。でも、そうやって苦しい思いもした後、日吉くんに好きって言ってもらえたから、余計に嬉しく感じるような気がする。
・・・って、今だから、そんな風に思えるんだけど。
「だから、今日一緒に帰れて、すごく嬉しい。・・・ありがとう!」
「じゃあ・・・・・・、これからは一緒に帰ろう。」
「・・・うん!」
私は勢いよく頷いた。顔は恥ずかしくて熱い上に、嬉しくて頬が緩みまくっている。・・・何とも、忙しい顔だ。
忙しいのは顔だけじゃなく、私の気持ちもガラリと変わった。あんなに悩んでたのが嘘のように、今は幸せな気分だ。もう、好きにならなければ良かったなんて、考えられない。
本当に、これは今だから思えること。だって、さっきまでは本当に苦しかったんだもん。それでも。こうして、日吉くんと想いが通じ合えたなら、それさえも良かったかな、なんて。
相変わらず、オチが甘い・・・。すみません・・・orz
・・・とりあえず。この話はタイトルそのままですが。『金田一少年の事件簿』のOPであるCOLORの「Why?」を聞いて、書こうと思いました。
片思い中って、結構つらいこととか多いと思うんです。でも、今片思いをしている方に、最後まで頑張って欲しいという応援も込めながら、この話を書き上げました!
・・・まぁ、私はどちらかと言えば、最後まで頑張れない方・・・いえ、何でもありません(←説得力無し/笑)。
('08/08/19)